Mythology

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あなたが教えてくれた、あなたのもう一つの『ものがたり』

『世界の嘘に、光あれ。』

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※この作品を、ナオちゃんに贈ります。

 

 

闇夜に浮かぶ、無数の星たち。

 

星に力を。星に真実を。

 

光の世界は、あなたの創造。

 

闇の世界は、あなたの本当。

 

さぁ、闇の世界を覗いてごらん。

 

世界の嘘は、きっとやさしい嘘になる。

 

*******************

  

『世界の嘘に、光あれ。』

 

 

 

 

夜空を見上げるのが癖になった。

 

夜空だけじゃない。昼夜関わらず、何も考えずに河川敷や屋根の上、草原に腰を下ろしては空を見上げている。

頭の上にはこの地上で何が起ころうとも微動打にしないパノラマの星空だけが広がっていて、たまに吹く柔らかい風だけが、時が止まっていないことを教えてくれた。

 

空を見上げること。それだけが、ナオが目の前の現実から逃れる術だった。

 

 

ナオは最近、周囲の人達と上手くいかなくなった。特に家では、父とケンカばかりしていた。はじめはケンカが起こるたび、大切な人と分かり合えないことへの悲しさが湧いた。素直に傷ついて、どうにかしようと努力もしていた。それでもいつからか、どこかでそれを諦めて、血の繋がりなど、面倒事しか起こさないと思うようになった。

 

その相手が、血の繋がりのない赤の他人でも、友人や異性だとしても、人と距離が縮まれば縮まるほどに、別空間で距離が開いていく。そんな感覚が人間関係の片鱗に現れては虚しさに苛まれては、よく空を眺めるようになった。だけど、その「虚しさ」は、今に抱え始めたわけじゃない。理由もなく生まれ落ちた瞬間からほんの少しだけ持ち合わせていて、それが日に日に、ナオにとって「有意義であるもの」から力を奪い取っていくようにナオの中で肥大していった。

 

ナオがこの虚しさから逃れられる場所なんて、自分の「生」を実感できる場所なんて、どこにも見つけられなかった。

 

 

ある日の夜のこと。この日はナオにとって最悪の日になった。

家族で食事をしていた時、くだらないことがキッカケで父に火がつき、声が外に響くほどに激しい口論になった。何度も同じことを繰り返し、目的も着地点もわからないまま、感情のままにお互いに言葉の刃で傷つけ合う。この日ばかりは、ケンカするたびに積もる吐き捨てられた言葉で心に建てた壁が脆くなり、半ば関係の修復は諦めていたのに、今日ばかりはナオも反応してしまった。それもあってか、激しい言い合いの末、浴びせられた言葉が胸の深部にまで到達してしまったような気がした。

 

一度掛け違えたボタンは、もう元には戻らない。もう一生このままなのだと、絶望した。それと同時に、辛うじて居場所だと思っていたこの空間すら、失ってしまったかのような気持ちになった。

 

ナオは、背後から追いかけてくる言葉を振り切って、外に飛び出した。

 

家から少し離れた河川敷まで泣きながら走った。桜の咲く1本のおおきな木のあたりで石ころに躓いて、芝生の上に両手をついて転んだ。

起き上がろうとしたけれど、そのまま立ち上がる気力もなく、芝の上で膝を抱えて、顔を埋めて泣いた。

 

 

「もう、消えてしまいたい。」と、心のどこかで、願ってしまった。

 

 

 

 

 

 

しばらくそこで胸いっぱいになった感情を吐き出すように泣いて、少しだけ心に余裕ができたとき、ナオは周りの様子がおかしいことに気づいた。風も、川のせせらぎも、ススキのざわめきも、川の向こうに灯る街灯の光も、さっきまであったすべてが、感じられなくなった。

顔を上げて辺りを見渡すと、ナオは闇の中にいた。

河川敷の草むらも川も、桜の木も、すべて消えていた。

 

 

「ここは・・・?」

 

何が起きたのかわからない。辺りを見渡しても、何ひとつとして眼に映るものはなかった。頭の上、足の下。どこに手を伸ばしても、何も触れることができず、自分の足音さえ聞こえなかった。何もなく、誰もいない。身体の感覚に入ってくるものもない。そこはまるで「虚無」という言葉が合うような空間だった。ナオの心には不安も恐れも生まれずに、ただ闇の中で呆然と立ち尽くしていた。どこに立っていても、そこが闇の中心のように思えた。

 

 

ふと、その何も存在しない空間に気配を感じた。後ろを振り向くとそこには、すらりと立つナオよりもずっと背の高いうさぎが、その闇の中に現れた。そのうさぎは白い毛並みが整っていて、金で出来た繊細な蔦のような装飾が襟や袖になされた青い服を着ていた。それとなぜか、一瞬、顔が重なるように、清潭な容姿をした人間の男の子にも見えた。どちらの顔も美しい瞳をしていて、どっちが本当の姿なのか、ナオにはわからなかった。

 

 

「あなたは…?」

 

 

「夢うさぎ。ここに住んでいる。」

 

 

微笑むでもなく、ただもとの柔らかい表情をしたまま夢うさぎは答えた。風も時間も、匂いも光もないようなこの場所で、夢うさぎはなぜか、内側から僅かに光を纏っているように見えた。

 

 

「ここはどこなの?何もなくなってしまったわ。」

 

 

「ここは、きみの世界の裏側。」

 

 

「・・・裏側? 」

 

 

「ここには、すべてがあるよ。きみの見ている世界より、もっとたくさんのものがね。」

 

 

無限に広がる暗闇。足元にも頭の上にも、夢うさぎの後ろにだって何もなかった。

 

それについて何か言おうとしたナオに向かって、夢うさぎは続けて言った。

 

 

「すべてはここから生まれるんだよ。」

 

 

ナオは口をつぐんだ。同じ言葉なのに、どこか次元が違うような、汲み取りきれない言葉の意味を自分の中で探した。

 

 

 

「すべて光。すべて闇。だけど、この闇がすべてだと思わないで。」

 

 

 

「・・・?」

 

 

 

「またおいで。世界の嘘に、絶望するためにじゃない。本当のきみを見るために、おいで。」

 

 

 

・・・・・・・・・・

 

 

ふと、意識が戻ると、河川敷に座っていた。

闇夜の空には星が輝いていて、少しだけ西の方から雲がかかった。桜の木の枝がゆっくりと風で揺れた。

 

 

「私、ずっとここにいたの?」

 

それに答えてくれる人は、誰もいなかった。

 

☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆

 

 

世界のすべてが、嘘。

 

 

あの日のあれは、何だったのだろうか。ナオはあれからしばらく、世界の裏側のことばかり考えた。この世界に裏側が存在するのなら、この世界は一体なんのためにあるのだろう。そしてこの世界が嘘の世界なのだとしたら、それがもし本当だとしたら、今感じているものの全ては・・・?

 

 

この日、ナオは渋谷の雑踏を一人歩いた。

あれから、どこに居ても、何をしていても、心ここに在らずで、ナオはいつもより世界を遠くから見ている感覚になった。目に見えるもの、手に触れるもの、耳に入るもの、口に入るもの。そのすべてに「嘘」を探し出すようにした。空を独り眺める時間と、人が慌ただしく行き交う街中に身を置いて立ち尽くす時間、どちらも同じ幻想と思うと、どこに居ても変わらないような、すべて意味を持たない、空っぽの世界のような気がした。ただ、自分の感覚はきっと確かなもので、この見ている世界の方が確かなものじゃないのだということだけが、無意識にも確信的だった。

 

 

(すべて光。すべて闇。だけど、この闇がすべてだと思わないで。)

 

 

夢うさぎの言っていることを理解したわけではない。けれど、いま目の前に広がる世界が幻想で、あの闇の世界が本当なのだとしたら、今まで何のために生きてきたのだろう。今までの人間ドラマは、一体誰のために繰り広げられてきたのだろう。何のために傷ついて、何のために喜んだのだろう。もしかして、この気持ちすら、存在しないのだろうか。そもそも私は本当に、ここにいるのだろうか・・・。自分の感じている世界を疑っているうちに、気づけばナオは自分自身を疑い始めていた。人との関わりで生み出された漠然とした虚しさが、今までよりもずっと確かなものになっていった。疑いが疑いを生み、嘘と本当がごちゃ混ぜになって、どちらが幻想でどちらが本当なのか、それが嬉しいのか悲しいのかもわからない。ただ、生まれた瞬間から、ずっと世界に嘘をつかれていたような気持ちになっていた。その圧倒的な虚しさだけが胸にいっぱいになった時、ぽろりと涙が溢れた。

 

その場に立つ気力も闇に奪われて行くかのように、人の行き交う路地にしゃがみこみ、膝を抱えて、ナオは泣いた。

 

 

 

 

「何が悲しいんだい?」

 

 

 

闇の世界でしか聞けない声がした。それと同時に、話し声を何層にも重ねたような喧騒と、目に見えるものすべてが消えていた。ぐしゃぐしゃになった顔をあげると、そこには夢うさぎがいた。片膝をついて、やさしい眼で見つめていた。そのやさしい眼とその周りに無限に広がる闇が、ナオの中から感情を引き出していった。

 

 

 

「もう、わからない。すべてが悲しいの。この世界も、この感情も。虚しささえも。すべてが・・・。」

 

 

 

次々と涙が溢れ出た。感情がこもればこもるほどに、頬を伝う涙は体温よりも熱くなった。この感情そのものに浸りたいのか、今すぐ自分から引き放したいのかもわからない。胸の中にあるすべてのものが涙として溢れ続けた。ナオの嗚咽だけが、しばらくこの空間の音になった。

 

 

「大丈夫。悲しむ必要はないよ。」

 

 

夢うさぎはナオの前に手を差し伸べるようにして、こう言った。

 

 

「ほら、なんだって作れるよ。見ててごらん。ほら、ほら!」

 

 

夢うさぎは手のひらに、小さなうさぎのぬいぐるみを瞬時に出した。そして、アヒルのおもちゃ、色鉛筆でできた小さなカラフルなお城、大きなヒマワリ。小さな子供が喜びそうなものを、幾つも出して見せた。ナオは夢うさぎの手の上に次々と生まれるあらゆるものに気を取られて、つい夢中になり、ナオは笑ってしまった。

 

 

夢うさぎはナオを真っすぐ見つめて言った。

 

 

「これは全部、きみのチカラなんだよ。」

 

 

 

ナオは、夢うさぎが放ったその言葉を、まるで宙に浮いているかのようにじっと見つめた。淀みのない言葉に込められた事実が、ナオの細胞に染み込んでいくような感覚になった。

 

 

「どうか勘違いしないで。きみをこの闇に呑み込むために、ここに呼んだわけじゃないきみは光に呼ばれたんだ。」

 

 

 

「ひかり?」

 

 

 

「いつでもおいで。僕もキミなんだ。いつもそばにいるよ。」

 

 

 

・・・・・・・・・

 

 

ハッと顔を上げると、意識は現実の世界に戻っていた。

目の前には、街を行き交う人の無数の足が見えた。街のネオンと、その一帯を覆うように誰かの歌声が響いている。

 

 

そして、頭上には、いつのも微動打にしない、幻想の星空が広がっていた。

 

 

 

☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆

 

 

この2つの世界は、何のためにあるのだろう。

 

何のために、私は世界の嘘を知ったのだろう。

 

そして、世界の本当は、一体どこにあるのだろう。

 

ナオはそれから、いつも考えていた。

ただ、真実がどうであって、たとえここが幻想の世界なのだとしても、この世界の毎日は変わらない。あの日から自分以外、世界は何ひとつとして変わっていなかった。時間は1秒たりとも止まってくれず、止めることもできない。それでも、この世界で、一人で生きていかなくてはならなかった。その世界の中で生きる希望といえば、この嘘を誰かのユーモアのように楽しんでしまってもいいのかもしれないと、昨日、夢うさぎの魔法のようなものを見て少しだけ思った。深く考えずにそうやっていれさえすれば、この世界と共に生きられるような気もした。

 

 

そうやって過ごしていたある日、ナオは友人の紹介で、ある女の子と出会った。

 

色白で、胸の下まで伸びるこげ茶の長い髪。冷静で、どんな話にも淡々と答えていた。ただ、彼女の、どこか寂しげで、虚しさを纏うその瞳に何か通じるものを感じて、ナオは二人きりになった時に探り探り、虚無の世界の話をした。すると、彼女は表情一つ変えずに、こう答えた。

 

 

「そう。あなたもあの世界を知っているのね。」

 

 

あの世界を知っている人が、他にもいた。少なくとも、この世界で、その裏側を知っている人と話ができるのが何よりも嬉しかった。世界の秘密を自分一人だけ知ってしまったかのような感覚は、自分を誇示できる特別なものを獲得した優越感とは限りなく遠く、まるで名もない無人島に、使い道ない莫大なお金と共に漂着してしまったかのような、虚無感と孤独感に等しかった。この島にも、人が住んでいたのだ。ナオは嬉しくなって、その世界で体験した事を話した。

 

彼女は言った。

「この世には、本当は何もないもの。すべて幻想なのよ。きっと今、私たちがここでこうやって話しているのもね。」

 

ナオの喜びを打ち消すかのように、冷めた言葉が返ってきた。

けれどナオは、その世界にいる友人について話した。

 

「でも、あそこにはうさぎがいるわ。紳士でやさしい、うさぎが!」

 

片足を闇にのまれてしまっているような虚ろな眼をして、彼女は言った。

「うさぎ…?そんなものいない。あの場所にも、ここにも。リアルなものなんか、最初からなにもないのよ。」

 

 

ナオは、何も言葉にならなかった。身体から熱が引いていくような感覚になった。胸にあった、やっと見つけた唯一の温もりを帯びた感情が、それに掻き消されたような気持ちになった。

 

 

「・・・じゃあ、私たちは、何のために生きていくの?」

 

 

彼女は冷たく言った。

「私たちはこの嘘を、この孤独感と虚無感を抱えたまま、淡々と生きて行くしかないのよ。この命が尽きるまでね。」

 

 

無人島で見つけた命は、共に生きることを選んではくれなかった。たとえ誰かが同じ世界を知っていても、それすらも幻想で、この命が尽きるまで、独りで生き続けなくてはならないのだという事実が、際立っただけだった。世界の嘘に、希望なんてない。夢うさぎの言う「光」どころか、世界は闇に落ちていくばかりかのように感じた。彼女の瞳に誘われるかのように、ナオもまた自分の闇にのまれていった。あの夢うさぎだけが、ナオの唯一の確かな光になっていた。けれど、そのことに自分で気づいた時には、その光の輝きは、ナオの中で消えかかっていた。

 

 

帰り道、ナオは虚ろな目をして歩いていた。頭の中に浮かぶものは、夢うさぎが出してくれた自分を喜ばせるようなものではなく、力を奪っていくこの世界の事実と嘘だけだった。どんな思考も頭に浮かべては消して、浮かべては消してを繰り返し、気づけば、いつもの河川敷にいた。夕暮れの河川敷に、夕焼けの色が映った。もう心には何もないはずなのに、勝手に涙が頰を伝った。

 

 

 

 

 

「光は見つけられた?」

 

 

 

 

振り返った瞬間に、世界は闇に変わった。そしてその中に、夢うさぎがいた。

ナオは、悲痛な思いを叫ぶように、まるで裏切られたかのように言った。

 

 

「現実の世界も!あなたも全部嘘じゃない!」

 

 

涙が止まらなくなった。孤独に押し潰されそうで、誰も救う力を持たない悲痛に叫んだこの言葉だけが、ここに存在しているかのようだった。虚無の世界に、何一つ存在しない。

 

 

夢うさぎはナオのそれに一切反応することなく答えた。

 

 

「僕はここにいる。僕は、きみがいちばん最初に作ったんだ。だから、決して消えたりしない。」

 

 

「だけど、本当は何もないじゃない!」

 

しばらく黙ってから、夢うさぎは言った。

「きみは、この闇にのまれたかのように感じるかもしれない。でも、きみがきみ自身を見つけやすくするために、僕たちはここを虚無に・・・闇にしたんだ。」

 

 

「・・・どういうこと?」

 

 

「ここはすべてのはじまりの場所。きみはもう忘れてしまったかもしれないけど、きみはずっとここにいるんだ。そして今も、これからも。」

 

 

「わたしが?・・・ここに?」

 

 

夢うさぎはナオの手を取って、やさしく握った。

 

「きみはここに来てからずっと俯いてばかりだったからね。さぁ、この世界をもっとよく見てごらん。今は見えない光も、ちゃんと心の眼で見れば、見えるようになる。」

 

 

ナオは夢うさぎの指さす方向を見た。そして言われた通り、闇を心で覗き込むように眺めた。

すると、あらゆる光の粒が、まるで星空のように無数に現れ始めた。月のない日に頭上に広がる満天の星空よりも、無限の彼方まで広がっていて、それは本物の星空よりも、ずっとずっと、綺麗だった。

 

 

「わぁ・・・!」

 

 

よく見ると、まるで宝石のような、ルビーにパープル、イエローやブルーも、空に渦を巻くように輝いていた。遠くの空に無数に散りばめられているかと思いきや、すぐそこに手が届きそうな光もある。ここにも、あそこにも。光の大きさも、強さもその輝きはさまざまだった。

 

 

「きみが現実の世界でよろこびを放っただけ、ここには光が生まれる。あれは全部、きみが生んだ光だ。この光は、きみが放った光だけは、どちらの世界でも真実なんだ。この光は、いつまでも、どこまでも、きみなんだよ。」

 

 

「これが、わたしなの・・・?」

 

 

「世界になにかを創り出すこと、よろこびに生きることを忘れてしまえば、そこには光ではなく、この虚無が・・・『虚しさ』が君の中に生まれてしまう。きみには現実の世界でしか生み出せない、よろこびの光がある。それをたくさん生み出すこと。それがきみの役目だ。」

 

 

ナオはそのまましばらく無数の光に見とれて、そこはまた、その無数の光だけが存在する音のない空間になった。時間の存在しないこの空間でも、幾分か時間が経過したかのような気がした。けれど、ふとした瞬間にナオの頭には「世界の嘘」が過ぎった。そしてその事実は、目の前のそれにねっとりと塗り重ねられた。

 

 

「だけど私、あの世界にもうよろこびなんか・・・。」

 

 

夢うさぎは、空いた片手を空に広げて言った。

「きみのよろこびは、現実の世界にいる人たちの中に一緒に隠してある。それはもう、たくさんね!君はそれを、まだほんの少ししか見つけられていないんだ。」

 

 

 

「宝物を見つけてごらん。君のよろこびだけは、すべて真実なんだ。」

 

 

 

「宝探しね!」

 

 

ナオはとてもワクワクした。目を輝かせていた。そんなにもあの世界には、まだたくさんのよろこびがあるのだと。希望の光が、ナオの胸に灯った。

ナオのその瞳を見て、夢うさぎは、小さなナオに言った。

 

「きみはもう、大丈夫。僕はいつもここにいる。もし、また世界が信じられなくなったら、世界の嘘にのまれそうになったら、ここへおいで。ここは、君の光をみるためにあるのだから。」

 

 

すると、闇が夜明けを迎えるように少しずつ色と明るさを取り戻し、ぼんやりと、元の、現実の世界がそこに浮かんだ。闇とそこに浮かんだ無数の星が、徐々に現実の世界の光にのまれていく。

 

 

「さぁ、きみの世界に戻るんだ。」

 

 

「でも・・・」

 

 

夢うさぎは、ナオと繋いでいた手から、力を抜いた。でもまだ、ナオが握っていた。

 

ナオは、またあの世界でひとりになるのは、いやだと思った。

 

夢うさぎは、微笑んで言った。

 

「大丈夫、ためらう必要はない。精一杯、遊んでおいで。」

 

夢うさぎの『遊ぶ』という言葉に、この「世界の嘘」に騙されてもいいのだと思えた。

 

ナオはその黒く美しい瞳をじっと見つめながら、なごり惜しむように、ゆっくりと、ゆっくりと手を離した。夢うさぎは言った。

 

 

「いつも、きみの近くにいるよ。」

 

 

少しずつ、夢うさぎが視界から消えていく。ナオの瞳から勝手に溢れる涙とともに、闇の世界が溜まった涙で歪んでいく。光が力を取り戻して、闇の世界が力を失うかのように、世界がまた、反転していった。

 

 

「ありがとう。」

 

 

夢うさぎがナオの瞳から完全に消える前に、もう一度だけ耳の中で、ナオの中だけで響くように聞こえた。

 

 

 

 

 

(いつも、きみの近くにいるよ。)

 

 

 

 

 

 

・・・・・・・・・

 

 

 

 

明るさを取り戻した現実の世界は、新月の夜。

 

 

いつもよりも光のない夜空には、無数の星。

 

 

初めて見上げたわけでもないのに、頭上に広がるその世界は、今までと全く別のものに見えた。

 

 

夜が更けるほどに、星は輝きを増しながら、細切れの雲と共にゆっくりと空を巡ってゆく。

 

 

空に輝く星空に、新たに彩りを加えるかのように、桜の花びらが風と共に舞った。

 

 

見慣れた星座が配置された夜空には、今までにない、一段と輝く光を放つ美しい星。

 

 

新しい光が、パノラマの夜空に増えたような気がした。

 

 

 

 

 

 

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闇に灯すは、生命の光。

 

虚無に光を。

 

この世界に、あなたのよろこびを。

 

闇の世界は、あなたの本当。

 

光の世界は、あなたの創造。

 

 

 

世界の嘘に、光あれ。

 

 

 

 

おしまい

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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