『彩りを忘れた世界に』
*この作品を絵描きの慶ちゃんに贈ります。
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この世の全ては表裏一体。
死と再生は、まだ終わりを知らない。
朽ちる命と生まれる命。
己の手に生命を込めよ。
迷える世界に光を放て。
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ここは、すっかり荒れ果てた「灰色の世界」。
この星には見渡すかぎりの荒野が広がっていて、時々吹き荒れる風で、あたり一面には砂が舞い上がりました。
空には灰色の重たい雲がかかっていて、そこから日が漏れることはほとんどありません。空を照らすのは、ただ朝か夜かの判別がつくくらいの、たったそれだけの、希望にもなり得ない仄かな光。
ちぎれた布、鉄や鋼の破片、枯れた大木・・・それらは未だ地に戻ることもできず、ただそこで時間が止まっているかのよう。
鳥も飛ばず、虫も鳴かない、だれもいない。歩けど歩けど荒地ばかり。壊れた時計のように、この星の時間は、戻りも進みもしない。
この星のすべて生命は、もう途絶えてしまったかのようでした。
このどこまでも広がる荒野の、とある岩場の大きな岩の影に、ただひとり泣いている者がいました。
「うぅ・・・グスン…ひっくっ、ひっくっ。」
その者は、まるで子供のような風貌で、膝を抱えて、涙と鼻水を垂らして顔をぐしゃぐしゃにしていました。
名前は「慧」。
慧は、かつてこの星にいた、とある飛行機乗りの守り神でした。
この星がこうなってしまってからも、慧はずっとこの地に留まり続けていました。
慧がここで泣き続けて、もうかれこれ212万年が経っていました。
なにもかもなかった事にできればと、慧は何度も願ったけれど、時間は戻ることもなく、涙も止まることを知らないみたいに流れ続けました。慧はただただ、毎日悲しみにくれていました。
けれどこの日、慧は顔をぐしゃぐしゃにしたまま、ふと何か思い立ったように、すっくと立ち上がったのでした。
そして、慧はひとり、何かを探すかのように歩き出しました。
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歩いても歩いても、景色は灰色の世界のままでした。慧は歩きながら、あの日のことを思い出しました。
この星で起きたあの出来事は、慧の頭にこびりついていました。
空を見上げては大小さまざま、色んなカタチをした戦闘機が何百、何千と飛びかい、互いに攻撃し合っている。
その壮絶さを物語るようなけたたましい音も、今もまだ耳の中で響いているようでした。
ふと立ち止まり、目に焼き付いてしまったその記憶を投影するように、慧は空をぼーっと眺めていました。
すると、慧に向かって1機の戦闘機が急降下で飛んで来るように見えました。
「うわぁーっ!!!」
慧は両手で頭を抱え、その場でしゃがんでグッと体を丸めて小さくなりました。
ハッと、それがまぼろしであることに気付き、また目に溜めた涙がポロポロと落ちてきました。
そしてまた、慧は歩き始めました。
しばらく歩いていると、荒野の日陰にもならない小さな枯れ木の下にある小さな岩に腰掛け、その者の半身以上ある長い杖をつき、その杖で地面にがりがりと穴を掘ったり、頭をかいて遠くをぼーっと見ていたりしている者がいました。一見、サルのような見た目の彼は、向こうから歩いてくる慧に気が付き、声を上げました。
「おや!めずらしいな。この辺で守護神さまに会うだなんて。」彼は目をぱっちりと丸くして言いました。
慧は、心ここに在らずのように黙っておじぎをしました。
「ワタシはこの土地の神。土地って言っても、こっからあそこまでな。この土地をずーっと見守っていたんだけど、見ての通り滅びちまった。それでもここがお気に入りでね。みんな別の星に行っちまったけど、俺みたいにまだ残っている変な者もいる。アナタ様もその一人かな?」
「・・・うん。」
嬉しそうに話す彼の話が、やっと慧の耳に届き始めました。
「いやしかし、誰かに会うのはかれこれ5万年振りかな!いやでも、たしかあれはトカゲかなんかだったか?ありゃなんの神様だったんだ?それにしてもあれは変な色だったなぁ…」長い腕を身振り手振り使って話しました。
慧はポツリと言いました。
「わたしは・・・、彼を守ってあげられなかった。」
土地神は、慧が何のことを言っているのかを、この灰色の世界を見て理解しました。
「いやいや、そんなことはないでしょう。ここは戦いの中心地。流れ弾を何発も避けさせて、点検ミスで止まりそうになってたエンジンも奇跡の復活、戦闘服がドアに挟まって危うく首が締まってしまいそうだったのを、アナタ様はじょ〜〜〜ずにチョン切ったりね。いやぁ、でもあれは、まるで映画館の特等席で見ているみたいだったねぇ・・・。」
まるで人ごとのように語る土地神の話を聞いて、慧はまた涙が溢れそうになりました。
そして、慧は当時の情景を思い出してまだ何か語りたげな土地神をあとに、また足を前に踏み出しました。
「あっ、どこに行くんでさぁ!」
「まだ、何か残っていないかと思って。」
「もう何もありはしませんよ。この星どこに行ってもこの通り、キレイさっぱり荒れ果ててまさぁ。」
「彼の、思いのカケラを集めにいくんだ。」
「思いのカケラ・・・ふぅん?そんなモノ、今さら何の役に立つのかね??」
「わからない・・・、でも、そうしたいんだ。」
慧はまだ何か言っている土地神を置いて、またトボトボと歩き始めました。
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しばらくすると、しっかりとした幹の朽ちた大木が、1本立っていました。
「うわぁぁん!うわぁぁあん!!」
その木を前にして、慧は泣き始めてしまいました。
慧は彼のことを思い出してしまいました。
星が見える頃、彼がいつも一人で、木に話しかけていたことを。まるで木を通じて、遠くの誰かに何かを伝えるかのように。
すべての木はこの星のすべての大地とつながっていると、彼は信じていたこと。
そして、大切な人に言葉を届けてくれるようにと、手を当てて、毎日願っていたこと。
思いを伝えたあとに、「ありがとう」と言い、毎晩眠りについたこと。
その彼の願いの大木も、そして彼の故郷にあるその向こうにある木も、今ではすべて灰色になって時間が止まってしまっていました。
もう、何も残っていない。
慧は、とても苦しくなりました。けれど、今度は涙を拭ってじっと木を見つめました。
そして、慧はその木に触れて言いました。
「今度は、いつ何時も、心の通じ合える世界ができますように。」
そして慧は、また歩き始めました。
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しばらく北へ進むと、今度は荒れ果てた街の跡地のような場所にたどり着きました。
「わぁぁぁん!うわぁぁあん!!」
慧はその光景を見るや否や、泣き始めてしまいました。
そこには何軒もの建物があったように見えましたが、そこには人っ子一人見当たらず、どこを見渡しても残骸だらけで、「色」を持つ物はひとつもありませんでした。
そしてその灰色の世界には、ボロ布や、人形の残骸のようなものも落ちていました。
慧は思い出してしまいました。
彼が、子供たちのことを愛していたことを。
何もかもを忘れて、時間があれば子供たちと一緒になって夢中で遊んでいたこと。
その時間が喜びに溢れていたことを。
そして、この星の希望を、何としてでも守りたいと強く願っていたこと。
慧は、苦しくなりました。彼の思いに触れて、涙が止まらなくなりました。
しばらくして、慧はしゃがみこみ、その地に手をかざして、こう言いました。
「すべての命が、またよろこびを思い出せますように。」
そして、また歩き始めました。
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しばらく東へ歩き続けるすると、今度はこの惑星の、最も深いところまで開く大きな穴のある場所にたどり着きました。
「わぁぁぁぁん!うわぁぁあん!!!」
慧は、今度は声が枯れてしまうほどに、泣いていました。
慧は思い出してしまいました。
ここが、この世界をぜんぶ灰色にした場所だということを。
ここが、あの出来事の、最後のぶつかりあいの場所だったということを。
そして、守れるはずの生命を、「彼」を、慧が守ることができなかった、決定的な場所だったということも。
慧は、彼がこの星が消えてしまう瞬間に、強く願ったことを思い出してしまいました。
慧は意を決して、そのその穴の最も深い場所まで降りて行きました。
そして慧は目を瞑り、彼と共に、心一つにして願うかのように言いました。
「今度は、生命(いのち)を創造し続ける心を、生きとし生けるものすべてが持ち続けられますように。」
すると、一瞬、灰色の世界に空に広がる重い雲の間から、光が差し込みました。
そして不思議と、慧の涙はピタリと止まったのでした。
この大きく、深い穴をしばらく眺めたあと、慧はこの星を去ることに決めました。
この灰色の世界に何かが変わったわけではありませんでしたが、それでももう慧がここでできることが何もなくなってしまいました。
俯いたまま、空へとゆっくりと飛び立ちました。
すると少し星から離れたところで、また土地神に会いました。土地神は慧に気が付いて、近づいてきました。
「やや!こりゃまた守護神サマ。例の思いさがしは済んだんで?」
慧は浮かない顔で、こう言いました。
「うん。もう私にできることはなにもないよ。・・・でも、君はどうしてここを離れるんだい?あんなにこの星が気に入っていると言っていたじゃないか。」
土地神はもともと丸い目をもっと丸くして答えた。
「ええ、そうなんですけど・・・。それが、信じられないことが起きたんでさぁ!何やら突然、この星に、生命(いのち)が生まれてきたんでさぁ・・・!あのまま私はあそこに座っていたんですが、その岩の下から緑が生まれましてね。もう何百万年と、あそこは灰色の世界だったっていうのに。そりゃもうオドロキましたよ!このままワタシが岩の上に居続けたら、緑の邪魔をすると悪いと思いましてね!ヒャヒャヒャ!」
慧は驚いて、後ろを振り返りました。
すると、灰色の世界に、少しずつ色が生まれてゆくのが見えました。
淡い青色も、力強い緑も。儚い桃色も、艶めく赤も、誘うようなムラサキも、くすぐるような黄色も。
少しずつ少しずつ、灰色世界が明るくなっていくのが慧の目に映りました。
すべてのカラフルな色が、ゆっくりゆっくり、広がってゆく。
それはすべて、生命の色でした。
「うわぁぁん!!うわぁぁぁあん!!」
慧は、これ以上ないほど思いきり喜び、全身で泣きました。
今度のそれは、喜びの涙でした。
「いやはや、アナタ様は本当にいつも泣いてらっしゃるね・・・。さて、今度はどうなさるんです?」土地神は言いました。
慧はその星の生命の色をジッと見つめました。
その星を見る慧は、今までとは違ってとても強い眼差しをしていました。
そして、しばらく考えて言いました。
「世界を描こう。まるで絵を描くように。この世界の生命の喜びを。今度こそ、この彩に溢れた美しい世界を、だれ一人として忘れないように。」
土地神はまた、目をまんまるにして言いました。
「ヒャヒャヒャ!そりゃあいい!ワタシもお手伝いしまっせ!」
慧は、土地神と一緒にその色の生まれる星を眺め、顔をくしゃくしゃにしながら、数百万年振りに笑って言いました。
「ありがとう。」
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さぁ、世界を描こう。
誰かの導きになるように。
もう道に迷わないように。
素晴らしい世界は、いつだって胸の中。
この世界に、無限の色彩を。
そして、生命の輝きを。
もう、誰も忘れてしまわぬように。
おしまい
【キーワード】
戦い・死・別れへの悲しみ、喜びの心、祈り、宇宙、無力さ、守りたかったもの、信じる力、ボロボロになってるパイロット(?)のような男。